“生粋のドゥカティスタ”が握る86カ国 ― ファブリツィオ・カッツォーリ、グローバルセールス統括就任の意味するもの
- 掲載日/2026年08月02日【トピックス】
- 写真/ドゥカティ 文/小松 男

若き日のDJ代表、そしてマセラティで得たもの
― カッツォーリという男の歩み
カッツォーリ氏は、ボルゴパニガーレの工場からほど近い、ボローニャ郊外の丘陵地帯で生まれ育った人物だ。公共交通機関のない田舎町では、バイクこそが移動の唯一の手段だった。最初の相棒はマラグーティ製のスクーターで、その後125ccへとステップアップし、1999年にドゥカティへ入社。ボルゴパニガーレで営業・生産計画を担当するところからキャリアをスタートさせている。
そして2004年、若干30代前半にしてドゥカティジャパンの代表に抜擢される。当時のドゥカティ本社は、まだクラウディオ・ドメニカリ氏がCEOに就く前。フェデリコ・ミノーリ氏からガブリエーレ・デル・トルキオ氏へとトップが引き継がれる過渡期にあたり、日本市場もまさにその大きな流れの中にあった。
この記事を書く私も何度かお会いしたことがあるが、「若い社長」という印象が残っており、それもこの就任時の年齢を考えれば頷ける話だ。
2008年まで日本代表を務めた後、彼は同じ日本の地でマセラティジャパンの代表に転じている。
このマセラティでの経験は、単なる「畑違いの経歴」では終わらなかった。4輪プレミアムブランドの経営を通じて、二輪とは異なる顧客層・販売網・カスタマーサービスの作法を学び、2015年にはマセラティのアジア地域統括責任者にまで昇格。二輪と四輪、日本とアジア全域という、異なる二つの視点を併せ持つ経営人材へと成長していったことが分かる。
2017年にドゥカティへ復帰すると、それまでアウディ傘下で運営されていたドゥカティ中国を独立子会社として立ち上げる大役を任され、2018年からは日本市場も再び統括。2022年頃には英国(アイルランド、スウェーデン、ノルウェーを含む)のマネージングディレクターに転じ、成長軌道に乗せてきた。
英国時代に受けたインタビューでは、日本駐在時代の愛車が1098だったこと、雨の日に限って転倒してきたという苦笑い交じりの告白、そして「今の自分にはムルティストラーダV4が一番しっくりくる」という愛車談義も披露しており、経営者である以前に、ひとりのライダーとしての素顔がにじむ人物像が浮かび上がる。
グローバルセールス&
アフターセールスディレクターとは何か
今回カッツォーリ氏が就いたポジションは、単なる「営業のトップ」ではない。発表によれば、彼が統括するのは全世界86カ国におけるドゥカティの商業戦略であり、13の海外現地法人(ナショナルセールスカンパニー)と、各国の独立ディストリビューター網を直接率いる立場にある。さらに、営業戦略の立案とビジネス開発、アフターセールス、サービス、CRM、カスタマーエクスペリエンス、そしてディーラートレーニングといった、ブランド体験の根幹を支える機能群もすべて彼の管轄下に置かれる。
加えて特筆すべきは、この役職への就任と同時に経営会議のメンバーにも名を連ねる点だ。つまり彼は現場のオペレーションだけでなく、ドゥカティという企業そのものの舵取りに関わる立場に立ったことになる。二輪市場全体が需要の踊り場やEV化、購買層の多様化といった構造変化に直面するいま、世界中のディーラーとの信頼関係、そして購入後の顧客体験の質は、ブランド価値そのものを左右する生命線と言っていい。
内部昇格が示す“継続性”という選択、
そしてこれからの舵取り
カッツォーリ氏が引き継ぐのは、フランチェスコ・ミリチア氏が長年築き上げてきた役割だ。ミリチア氏はグループ内で新たな挑戦の道へ進むといい、円満な世代交代となる。CEOのドメニカリ氏が「経営会議のメンバー全員が彼をよく知っているので、スムーズに役割に馴染めるはずだ」とコメントしている点からも、今回の人事が外部からの抜擢ではなく、長年の実績と社内での信頼をベースにした“継続性”重視の選択であることが読み取れる。
また、カッツォーリ氏がこれまで担っていた英国・アイルランド・スウェーデン・ノルウェー市場は、マーケティング&コミュニケーションディレクターのサラ・ファルツォルガー氏が引き継ぐことになった。既存の経営陣内でポジションを玉突き的に再配置するこのやり方からも、ドゥカティが目先の変化よりも、ブランドの一貫性と現場感覚の維持を優先していることがうかがえる。
では今後、どのような舵取りが予想されるだろうか。カッツォーリ氏は日本・中国というアジアの市場と、四輪プレミアムブランドでの経営経験、そして英国という成熟した欧州市場のすべてを現場で経験してきた稀有な人材だ。CRMやカスタマーエクスペリエンスまでを一手に担う立場であることを踏まえれば、単なる販売台数の拡大にとどまらず、購入後のサービス品質やディーラーとの関係強化に軸足を置いた、より地に足のついた成長戦略が展開される可能性は高い。
期待されること ―
“現場を知る経営者”への信任
自らもライダーであり、苦い経験も笑い話にできるような、飾らない人柄。若くして日本代表という重責を任され、その後畑違いのマセラティでも経営トップとして経験を積んだ、キャリアの幅広さ。カッツォーリ氏に対する期待は、まさにこの“現場感覚を失わない経営者”という部分に集約されるのではないだろうか。
100周年という節目を越え、次の100年への歩みを始めたドゥカティ。その世界戦略の舵を託されたのが、日本という市場を早くから知り尽くした生粋のドゥカティスタだったという事実は、ブランドが目先の派手さよりも、ディーラーやユーザーとの地道な信頼構築を選んだことの証明でもある。今後、日本を含むアジア市場でどのような施策が打ち出されていくのか、彼の経歴を知る者としては注目せずにはいられない。


